オレンジ色の小さな明かりだけを燈した宿の一室に、コレットとロイドは互いに寄り添うようにして、ソファーに腰掛けていた。 時計の針はもう、明日を始めようとしていた。



―――明日の朝はいつもより早く支度しなければならない。
だからこそ連日の戦闘続きで消耗しきっている体力を取り戻すためにも、もう眠った方がいいことぐらい、ロイドもわかっていた。 平素ならしばらく目を閉じていれば、疲れ切っている心身はすぐに深い眠りに落ちた。 だけど、今日はどうしても眠れそうにない。
・・・その理由は解りきっている。
それはつまり眠りに落ちて、朝を迎え目を醒ましてしまえば、 訪れて欲しくない時がついに訪れてしまうからだ。明日、隣にいる彼女は―――





















言葉を交わすこともなく、ただただ流れていく時間。
人々は既に寝静まっている。少しの物音も、話し声だって聞こえない。
このまま永遠に続きそうな静寂は、自分達をすっかり飲み込んだ。此処が果たして何処なのか、そんなことがあやふやにすら感じられる。
いつもの世界から切り離されて、ふたりだけが別の世界に取り残されたような感覚だった。

「―――なあ、コレット」

そんな沈黙を破るのは、些か恐かった。
しばらく黙ったままでいた喉のせいで声は、まるで自分のものでないようにひどく掠れた。

゛なに?ロイド゛

か細い人差し指で、掌に言葉が記される。

「あのさ、あの―――」

きっと何かを伝えたかった。今伝えなければ永久に伝わらない気がした。
どうしてこんな衝動に駆り立てられるのだろう。最後ではない、最期ではない筈なのに。
どうしようもなく焦る気持ちとは反して、薄暗い部屋の中で見つめた彼女の表情は、ひどく穏やかだ。
――もうとっくの昔に彼女は覚悟を決めている。再生の神子としてイセリアを旅立ったときから、いや、神子としての宿命を告げられ、神託を受けたときから既に。

「・・・やっぱ、いいや」

言いかけた言葉を飲み込んで、仕方なく小さく笑う。呼応するようにコレットも、困ったように笑った。

゛変なロイド゛

再び、くすぐったい感触と共に掌に文字が泳ぐ。

「変とは何だよ」

わざとむくれた顔をする。コレットは今度は、柔らかく笑った。
息苦しかった空気がふっ、と緩む。それとほぼ同時にソファが小さく軋んで、ゆっくりとした所作で彼女が立ち上がった。視線は壁に掛けられた時計に向けられている。明日を始めようとしていた時計の針はとうに、今日を始めていた。

"もうこんな時間 そろそろ自分の部屋に戻るね"

「ああ」
















"ロイド あのね     ごめんね"
















「え?」

"なんでもないの おやすみなさい゛



謝罪の言葉を記したコレットの指先が、小さく震えていたのに気付かないわけにはいかなかった。 だけど今、その意味を問う勇気は何処にも無かった。
謝るのは自分の方でしかない。どうする事も出来なくて、ごめん、と。

キィ、とドアを閉める音だけが、浮き彫りになる。 きっと今の彼女の指先は、ドアノブに触れた感覚さえもわからないのだろうけれど。
そう、何ひとつ感じなくなった身体。毎日のようによく転んで擦りむいていた膝も、今はどんなに血が流れたって彼女は痛みを感じはしない。 眠りにつくことはおろか、ものを味わうことももう、叶わなかった。どんなに悲しくても一粒の涙も流せなかった。 手を繋いでみたってその指先の暖かさすらも解らない。 伝えたい気持ちがあっても、言葉が声にならない。
封印を解くごとに彼女はひとつずつ、「人間らしさ」を失っていった。明日に迫った最後の封印で彼女は、人間としての最後の砦だった、「心」を引き換えに「天使」になる。慈愛の心も優しさも、誰より強い意志だって消えてなくなる、の、かもしれない。
それでも彼女が「天使」にならなければ、「世界」は救われない。
―――世界。
自分たちが生まれ落ちた、この世界。

この夜が、終わらなければいい。朝が、来なければいい。或いはこのまま、時が止まってしまえば良い。
なんて無意味な御託を、並べては壊した。どうしてこんなにも自分は、無力なのだろうか。 今はただ、彼女の姿に境遇に、自分の姿を重ねてみることしか出来ないだなんて。
―――人間にしかない、人間が人間であるために何者かに授けられた感覚、を失っていく恐怖。考えてみただけでぞっとするそれを、彼女は享受している(ように見えた)。
目に見えないけれど確かに持っていた、在って当たり前の筈だったものが段々と消えていく、なんて、とても自分には。

しかし仮初の想像をしてみたところで、本当に辛く苦しいのはコレットに違いなかった。 自分は彼女ではなく、ましてや神子でもない。 だから其処に自分の姿を重ねてみるのなんて、彼女の、神子の痛みを自分なりに苦しんでみただけで結局、神子の苦しみは彼女だけにしかわからないものだった。

この世界でたったひとりの再生の神子である、彼女だけの苦しみでしかなかった。





カーテンの隙間から薄っすらと覗いた、真っ赤な朝陽。夜明けはもう、すぐそこだ。









そして、彼女は


天使になる








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救いの塔クリア後に思い立って携帯に打ち出したもの。お陰で文章は半端なくぼろぼろですが、気持ち的には満足です。矛盾点とかありそうなので後でものっそい訂正する気がするけど(・・・) もうさぁ!シルヴァラント編は涙涙ですよ、ロイコレに
救いの塔入ってから天使化に至るまでの間ボロ泣きですそして直後のレミエル戦は勿論ボッコボコにしてやります(・・・)

2006,May 11




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