くどいほど装飾を施されたドレッサーの前で、彼女は無表情のままに座 っていた。
目がちかちかするほどの宝石がちりばめられたそれや、ライトから寝 具、絨毯にまで至るこの部屋の全てのものはいっそいやらしいほどに華美だ。も ちろんこれらは彼女の趣味ではない。此処はバチカル城の客室であり、しばらく バチカルに滞在するであろう彼女のためにあてがわれた部屋だった。

「派手な部屋だな」
後ろ手で扉を閉め、ガイはぐるりと部屋の中を一周見渡した。
「貴方のその正装もね」
ティアは彼の方を見もせず、抑揚なく言った。
「まあね」

自分の恰好を確認してみて、ひょいとシルクのリボンタイを摘みあげると、ガイは肩を竦め てみせた。
全身、黒を基調としたシックな色合いであるとはいえ、それでも平装よりごてご てと飾り立てられている。紋章の入った純金の留具にチョーカー、革のベルト、磨き上げられた靴、その他もろもろ。
いわゆる貴族の装いだ。正直、肩が凝るったらありゃしないんだけどな。
ガイは誰にもわからない程度に苦々しく笑った。

(―――って、そんなことはどうでもよくて)

ティアの方へ向きなおる。流れる空気がどことなくぴりぴりしていた。彼女の表情が思っていた以上に強張っているのを見て取れた。

一歩近づいて、ガイは努めてにこやかに振る舞った。

「支度は出来たのかい?」
「・・・・・・」

待てども返事は返ってこない。膝の上に重ねた自分の両手をじっと見つめたまま、 彼女は何も言わなかった。耳に掛けられていた色素の薄い長い髪が、崩れるようにはらはらと、彼女の顔を覆った。

しばらく膠着が続いた。
痺れを切らした、ティア、と軽く催促の意味をこめた名前を呼ばれてよ うやく、俯いたままその口が開かれた。

「・・・いきなりお呼びが掛かったかと思えば、これは一体どういうことなの」

質問に質問で返されたものの、とりあえず言葉が返ってきたのでガイは安堵した 。が、直ぐに訝しげに眉を寄せた。
彼女は知らないのだろうか?

「まさか、呼ばれた理由を聞いていないのかい?」
「それは聞いているに決まってるじゃない。私が言ってるのはそんなことじゃなくて、」

言葉は苛立ったように急いていて、突然にぐっと詰まった。
続きを促すようにガイが視線を送ると、一呼吸置いてから口が切られた。

「私は、彼のお墓参りになんて興味はないのよ」

一字一句、ぎりぎりと絞り出すようだった。ややあってから、きっ、とガイを見据える。

「だけど貴方は、」

”違うのでしょう?”と続けるつもりなのだろうか。ガイはそう思い、ティアの言葉の続きを遮った。


「違う、俺だって、勿論君と同じ思いだよ」
「・・・じゃあどうして!」

すっくと立ち上がる。僅かばかりに声を荒げたが、ガイを見上げる瞳 に満ちているのは怒りではない。彼女の瞳の深い青は、悲しみの色に よく似ている。

「意思の問題じゃない。行かなければならないんだよ」
「土の下に眠るのは空っぽの柩だっていうのに?」

見上げる瞳が非難めいたように鋭くなる。じり、と視線が重なった。
小さく息を吐いて、先に動いたのはガイだった。言葉を発そうとゆ っくりと口を開く。息を吸い唇を持ち上げ空気が震えて声となるまで、たったそ れだけの挙動が、彼自身にとって物凄く長い時間に感じられた。

「ティア」

頭の奥底に響くような低い声だった。
(―――本当は解っているんだろう)
言葉にこそしなかったけれど、ティアにはガイが言わんとしていることくらい、 その表情から、声から、手に取るように伝わったのだった。彼女の瞳がさっと陰る。

(・・・私だって―――)
そう、本当は解っているのだ。
あれから幾らか時が流れた。そして今日、少なくはあったけれど彼の、”生前”親しかった人間が呼び集められたのは、彼の元へ揃って花を手向けようというのは、まるで軽い誘いのようであったが―――勅命だった。命に従うのか従わないのか、とは愚問である。選択肢は最初からひとつしか与えられてはいない。そこに己の意思は関係ない。

彼は死んだことになっているのだ、少なくとも世間では。実際のところファブレ家の人間だって同じように思っているのかもしれない。それはきっと諦めに似た感情。
真実は未だ霧の中だけれど、そう判断されるに足る結果がもたらされたことは理解していた。
・・・でも。
この身は確かに彼と約束を交わしたのだ。必ず帰ってきて、と。必ず帰ってくるよ、と。約束したのだ。だから周囲には、あのときの精一杯の契りを否定されたような気がどこかしていた。ひとりぽつんと取り残されているような気がしていた。みんななんて薄情で、勝手な人たちだと思った。

そんな自分が誰より身勝手なのだと、知っていた。

「だけど、俺はな」

突然にガイが言葉を発したので、一気に現実に引き戻されたように、ティアは俯いていた顔を上げた。

「意地でもあいつの墓前には立たないぜ。祈りを捧げてなんかやるもんか」

まるで自分自身に言い聞かせるように強い口調。平然を装うような表情の裏で、ぎゅう、と固く握りし められている拳が、彼の思いを如実にあらわしている。
ガイは、昂る気持ちを抑えるようにゆっくり瞼を閉じた。

本当は自分だって、墓石なんて壊してしまいたいぐらいだし、あいつはきっと死んでなんていないと声を大に して言ってやりたい。だけど。
そんなことをしたって、本当なら今すぐにでも、この拳でもって殴ってやりたい 相手が戻ってくるわけでもないのだろう。いつまで待たせているんだ、と文句のひとつや ふたつぶつけてやりたい相手が戻ってくるわけでもないのだろう。
・・・矛盾している。

ガイの心中は混沌としていた。その根底にあるのは結局、 無力な己に対する憤りかもしれなかった。

「ガイ・・・」

ためらいがちに呼ばれた名前。かと思うと、堰を切ったようにティアは言葉を連ねた。ほんの少し、唇が震えている。

「あの―――ごめんなさい。私、どうかしてたわ。貴方だって私と同じなのに―――八つ当たりみたいなこと」
「・・・いや、いいんだよ」

ガイが力なく笑って見せると、ティアは彼の顔を正面から見据えることは出来ずも、そのきつく握りしめられた拳をそ っと両手で包み込んだ。暖かさに溶かされるようにガイが拳をほどくと、手のひらに食い込んだ爪先、 うすく血が滲んでいたことに彼自身このとき初めて気がついた。









「ティア〜、ガイもいるんでしょ?二人とももう行くよぉ」

こちらに流れる空気など知らず、むしろそれを打ち破るようなある意味絶妙 なタイミングだった。快活な少女の声。アニスだ。「早くしてよぉ」と急か しているのであろう台詞が、扉の向こうで次々と並べ立てられる。
鉛が圧し掛かっていたかのように重たかった空気が緩む。
ガイが顔を上げると、そこにいたのは平素の気丈な彼女だった。

「行きましょうか」

ティアはきっぱりと言った。

「いいのかい」
「ええ。―――だけど私も、あなたに同調するわ」
「・・・というのは?」
「私も彼の前で両手を組むなんて、冗談じゃないわ、ということ」
「そうか」

ガイはふっと目を細めた。顔を見合わせ、意思確認のようにゆっくり頷き合う。

「じゃあ行こう、アニス達も待ってる」







誰がために(君がために)








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リクはED後ガイティア、ということでした。ガイティア初めて書きましたがめちゃめちゃ難しかったです・・・すみません!
この話はいつか書きたいと思っていたんですが、不完全燃焼・・・第三者視点は難しいですね・・・。いちおうED後〜エピローグ前あたりのイメー ジです。
甘さのかけらも御座いませんが、よろしければリクされたかたのみどうぞ〜。書き直しはいつでも受け付けます・・・!

(20070605)
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