※EDで登場する人物はルーク以外ありえない!と強くお思いのお方はご注意を※
(俺は、俺である前に、アイツであらなければならない)
それはある朝のことだった。開けきった窓の向こうは、久しぶりに見る庭園の景色。小鳥の囀りが聴こえ、爽やかな空気が流れ込む。陽射しは少し眩しいほど。うん、今日は良い天気だ。
身支度も適当に済ませ大きく伸びをしていると、かつ、かつ、とヒールを踏み鳴らす音が近づいてきた。聞きなれたこの足音は、恐らく彼女のもの。それは、この部屋の前でぴたりと止まった。
と同時にドアをノックする音が二回。続けて、「入るわよ」と声がした。きい、と開いたドアの向こうから現れた姿に、やっぱりティアだった、と笑って赤い髪を揺らす。
「なにが”やっぱり”なのよ?」
「ん?多分、今尋ねてくるならティアだろうなあって思ってたからさ」
あら、そう?と相槌をうってみせると、ティアは近くの椅子に腰を落ち着けた。
しなやかに伸びた脚を組んで、やや戸惑いがちに、しかし穏やかに笑って彼女は言った。
「・・・なんだか、こうして改めて話をしようと思うとなかなか言葉が出ないわね。―――昨日は眠れなかったもの」
「俺もだよ。昨日の今日だもんな。―――本当に、本当にやっと帰ってこれたんだな、って。まだ、信じられなくて」
見つめあって、ぎこちなく微笑み合う。
ふと、思い立った。
そうだ俺は、あのとき言えなかったことを言わなければ。今、言わなければ、と。
突然何かに急き立てられるような衝動に駆られて、意を決した。あのときの彼女の言葉に、応えなければいけない。
「ティア、ちょっといいか?」
「・・・なに?」
「あのさ俺、ずっと言いたかったけど言えなかったことがあるんだ。あのときはもう、消えるって解ってたから言えなかったんだ。だけどティアが最後に言ってくれたみたいに、俺もずっとティアのこと―――」
言い終える前に、彼女の細い手が伸びてくる。指先でそっと唇を押さえられて、何も言えなくなる。
そういえば、こんなことは以前にもあった。アルビオールで夜の海に出たときだ。もうすぐ消えるのに、と口にしようとしたのをこんな風に遮られたことを、確かに覚えている。覚えているのだけどこの記憶は、
「私は、貴方からその言葉を聞きたいんじゃないわ」
私の言っている意味、解るわよね?
驚くほどに、ひどくつめたい声だった。しかしティアは笑っていた。先程までと変わらずに、やわらかくうつくしく。しかし今のは、触れようものならぱきん、と割れてしまう薄氷のような微笑み。芯から凍て付きそうだ、と思った。
ごくり。
唾を飲む音がやけに大きく耳の奥底に響いた。途端、身体中から一気にいやな汗が噴き出してきて、背中につう、と伝うのがわかった。
ああ、なんてことだ。彼女は気付いていたのか!
お互いになにも言わないまま何分も、何時間も経ったような気がした。でもそれは実際、たったの数秒間でしかなかった。
つめたい微笑を浮かべたまま、彼女が口を開いた。
「あなたは―――」
ああ、お願いだ、その先は言わないでくれ、言わないでくれ、言わないでくれ、言わな
「・・・あなたは”ルーク”じゃない―――そうでしょう?」
―――”アッシュ”。
その声は震えていた。彼女のこんな声を過去に何度か聞いたことがある。だけどそれは自分の記憶ではないのだ。彼の、記憶だった。
音を立てて崩れていくのは、鮮やかに描かれていた(はずの)世界。(がらがら、がしゃん、)
崩壊する、其の時に