あのとき訪れた海にもう一度行きたいの。
ノエルにそう告げると快く引き受けてくれて、アルビオールを飛ばしてくれた。





視界に広がるのは夜の海。
右翼に出ると夜風がさっと通り抜けた。ゆっくりとその先端まで歩いて、腰を下ろす。
見上げれば、あの夜と同じような大きな月。肌に感じる、同じような冷たい空気。鼻を掠めた、同じような潮のにおい。鼓膜に響く、同じようなさざ波の音。
ただひとつ違っているのは、そう。隣に彼がいないことだ。


ルーク。


小さく小さく紡いだ彼の名前は波の音に飲み込まれた。
いまどこにいるの。なにをしてるの。
幾ら問いかけてみたって、返って来る答はない。
振り向けば、直ぐ傍にいるような気がするのに。赤い髪を揺らして、心配かけてごめんな、なんて笑いながら駆け寄ってくる気がするのに。
そう思う度に振り向いて、赤い影を追い求めるのだけれど、結局そのつど望みは打ち砕かれる。 それでも繰り返し繰り返し、赤い影を捜す。

たとえ周囲に哀れだと嘲られたとしても構わなかった。そんなことは痛くもなんともないのだ。だけどずうっと信じ続けることは時に苦しい。

約束は願いになり祈りになり、気付けば風化してしまっていた。 それでも信じ続けようとするのは最早、彼を待っているのではなくただのエゴだ。苦しくても結局認めることが出来ないのは、恐いだけなのだ。
こんなにも心は未だ離れられないのに、あのときの約束に止まったままなのに、それでも時間だけは着実に積み木のように重なっていく。時の流れは残酷だ。たとえ彼の存在を忘れることはなくとも、彼と過ごした時間は綺麗なままで、積み重なった”今”の下へと奥底へと、どんどん深く沈んでいくのだ。沈んだ記憶を引き出すのは、決して容易い事ではない。いつだって、直ぐに浮かんだ筈の屈託の無い笑顔が、一秒、また一秒と思い出すのに時間がかかるようになっていったのが、その何よりの証拠だ。ああ、だけどそれは一体何時からのことだったろうか。
今ではもう、瞼を閉じてそれから。
赤い髪がゆるやかな線を描き、ぼんやりとした輪郭が露になる。青い瞳が、整った鼻筋が、唇が、浮かび上がってくる。
なんて哀しいことなのだろう。きっと、明日は今日よりも、明後日は明日よりも時間がかかるのだ、こうして彼の姿を思い浮かべるのに。いつかそのうち、彼の赤い影を捜すことも出来なくなるのかもしれない。だけどそれは人間の摂理であるのだろう。それが悔しい。

永劫解けない魔法のように、あの約束がわたしを縛り付けてくれれば恐れることなどなにひとつないのに。







リフレインが叫んでる



2006,June 3





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