「お願い、もうやめて」



そう言った彼女はあまりに真っ直ぐな目をして僕を見据えていた。しかしその台詞に素直に頷く事が出来なかったのは、他ならないこの僕だった。






交わらない






自分は誰かを、何かを救う為なら、この命を犠牲にすることさえ厭わないと思っている人間だ。 それが自分なりの譲れないものなのだ。 しかし、目の前に座っている彼女がそれを断固として許さないであろうことも解っていた。

物心ついた頃から教団で過ごしているリナリーにとって、外の世界はまるで未知のものだ。 「黒の教団」という囲いの中の限られた世界しか知らない。教団の中の限られた人間しか知らない。 彼女にとってはそれが見えうる世界の全てであり、だからこそ彼女は何よりも教団の人間―――仲間たちを大切にする。 つまりそれがリナリーにとっての「譲れないもの」だ。 故に、それを失ったときの虚無感はきっと、計り知れないものなのだろう。
例えばひとりエクソシストが戦火に散る度に、漆黒の瞳に映る世界が少しずつ砕け散っていることを僕は知っている。 彼女の持つ、仲間を想う強い気持ちは諸刃の剣だ。時に何物にも変え難い力を魅せるけれど、彼女自身をどうしようもなく無力に非力にさせることだって無きにしも非ずなのだ。
そしてそれは、まさに今この瞬間のことである。ひとは誰しもが脆い部分を持っているものだ。勿論僕だって。たとえどれほど屈強に映るものがあっても結局そんなもの、張りぼてでしか在り得ないのだから。

「ねえ、アレンくん」

じっとこちらを見据える瞳に、思わず息を呑む。
少しだけ声を震わせてゆっくりと紡がれる彼女の言葉を、たった一言すら聞き逃さないように耳を傾けた。

「確かに何かを守る時には、何かを捨てなくちゃならないわ。・・・戦いってそういうものだものね。だけど例えば、自分の命を捨てて誰かを守ると言う事は―――戦場に置いてはそれは美徳に思われがちだけど本当は酷く傲慢じゃないのかしら」

「だけどリナリー、」

何かを言いたくて言いかけて、それでも何をどう言い表せば伝わるのか解らなくて、そのままぐっと言葉に詰まった。
だからつまりリナリーが言いたいのはたぶん、僕の、

彼女は考え込むように一瞬だけ伏せた顔をまた上げると、もう一度ぽつりぽつりと話し出した。

「・・・ごめんなさい。でも、私はきっとそれ以上に傲慢。だってこの気持ちも――仲間を想う優しい心なんかじゃないんだもの。私自身が悲しい気持ちを味わいたくない、それだけなのよ」

心なしか、さっきよりもその声が波打つように震えているように思えたのは、杞憂などではないだろう。団服の裾をぎゅっと握り締め、今にも瞳から溢れ出しそうな涙を堪えるようにして、リナリーは言葉を続けた。










「それなのにあなたは―――いつか私の知らない間に、何かを守って消えちゃいそう」










この喉から否定の言葉が出なかったのはどうしてなのだろうか。
「僕がリナリーを残して消えるわけがありません」
言いたいのに、言えない。心底そう思っている筈なのに―――いや、思いたいのかもしれない。
僕が譲れないものは、決して彼女のそれに寄り添うことが出来ないのだ。そう思った。
リナリーももうそれ以上はもう何も言わなかった。ただ、堪えきれなかった涙を静かに流していた。 だからせめて今だけはと、その涙を拭おうとしてそっと伸ばした左手は彼女の頬に触れる寸前、躊躇して。 思えばこの先だって交じわり合う事は無いというのに、今だけはなんてそんな都合のいい話。
そうして行き場を失った左手が空中を彷徨っている間に、涙はするすると彼女の頬を伝っては行く当てのないこの指先へと堕ちた。













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ちょっと本誌の展開を参考にしたんですが。うーん参考にできてないなこれ
・・・色々矛盾しちゃってる挙句リナリーはこんなことは思っていない気がしてきました(だめじゃん!)

2006,April 8





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