時に窓に激しく打ち付ける風雨の唸るような音は、眠りを妨げるには十分すぎる雑音だった。 僕はひとつ大きな欠伸をすると、眠気眼を擦ってゆっくりと身体を起こした。 降り続いている雨はまだ止まず、そのじとりと湿気た空気は頭の奥底にずしりと鈍い重みを与える。
ちらりと時計を見遣ってみるともう朝を迎えていると言うのに、どんよりと厚い雲に覆われた空には何時ものような清々しさは全く感じられない。 今日は珍しく休暇を与えられて任務も無いんだから少しゆっくり休もう、そう思っていたのにこれじゃあいつもと変わらぬ起床時間。 二度寝しようと布団を深く被ってみても結局、体中の神経が降りしきる風雨の音を吸い込んでしまってもう一眠りと言う訳にもいかず、僕はのそりとベットから這い出た。 少しまだ寝不足感は否めないけれど、大きく伸びをした。






    アクアンシェル






何時もと同じく周りが驚くほどの大量の朝食を摂った後、折角の休日だと言うのに特別何かする事も無くて暇を持て余していた僕は、思い立って科学班の仕事の手伝いをする事に決めた。でもリーバーさん達がやってたような実験なんかは難しすぎて到底無理だから、デスクワークを少し手伝うくらいしか出来ないだろうけど。
そんなことを考えながら、真っ直ぐ続く、長く薄暗い廊下を足早に歩く。ふと、窓際にぴたりと身を寄せている見知った彼女の姿を見つけた。どうやら外を眺めているらしい。不審に思って近くまで歩み寄るとその気配を感じとったのか、彼女はくるりとこちらを向いた。

「・・・あ、アレンくん、おはよう」
「おはようございますリナリー。何してるんですか?」
「ん、もう雨止むなあって思って見てたの」


リナリーの視線を追うように窓の外に目を向けると、先程まで降り続いていた雨はもう殆ど止んでいた。

「わたしは雨、すきなの。雨が上がった後の風景ってとても綺麗だと思わない?」

例えばほら見て、花や葉に溜まった小さな水滴とか。それは雨が降った後にしか見る事が出来ないじゃない。

リナリーはがらりと窓を開けてそこから身を乗り出すと、風にふわりと長い髪を靡かせながら地面の方を指差して言った。
僕も彼女の隣で同じように、窓枠から身を乗り出す。ゆるやかな風に乗って靡いていた彼女のその髪が鼻先を掠めていく。 くすぐったいですよ、と僕は笑いながら彼女の髪をやんわりと攫んだ。
視線はリナリーの指先を追う。そこには力強くしっかりと地面に根付く草花があった。 彼女の言うとおり花弁や葉には水滴が水玉模様のように浮かんでいて、雲の隙間から太陽が覗くとそれは、きらきらと煌めいていた。 そして水滴の重みを持ってくれば、時折つう、と滴り落ちていく。

あっ、それにほら、とリナリーは今度は空の方を指差した。

「虹も見えるわ!」

これも雨が降った後にしか見れないじゃない、最もそれでもたまにしか見れないけど、とリナリーは付け加えるように言った。

赤・橙・黄・緑・青・藍・紫。
色鮮やかな七色のそれがどんどんと視界に広がっていく。

雨上がりの風景なんてまともに見る事なんてもう随分無かったなあ。 そしてそれを美しいと思う慈しみもすっかり忘れていた気がする。
そう言えば、マナと一緒に暮らしていた頃はふたりで雨上がりの道を散歩してはさっきみたいな花弁や葉に浮かぶ露を見て、虹が出ればそれこそ飽きるまで眺めていた。 あの頃は虹の上を渡りたいとか、確かそんな馬鹿げたことも言っていたような。でもマナは笑って聞いてくれていたっけ。 それは酷く遠い昔のことのようで、一緒にそんな風景を見て綺麗だねと笑い合ったその義父はもう隣にはいない。
だけどそれでも今、ぽかりと空いたその穴を埋めるかのように隣には彼女が居てくれている。

「またリナリーと一緒に雨上がりの風景、見たいです」

さらりと口から零れたその言葉は言うつもりもなかったし、自分でも驚いた。 そしてその言葉の奥に隠された真意には絶対に気付かれたくなくて。

「本当?私も、アレンくん一緒のこと思ってたの」

そう言うとリナリーはじいっと僕の眼を見つめると、心なしかうっすらと頬を染めてにこりと柔らかく、とても綺麗に微笑んだ。








2005,October 1





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