「こんばんは、リナリー」

耳元で吐息混じりの声が揺れた。思わず身体が強張る。聞き慣れていたはずの声。今ではもう遠く遠い 声。恐る恐る振り返ろうとするよりも早く、締め付けるように後ろから骨張った腕が回された。

「会いたかったです」

息が出来ないくらいにきつく回された腕。 じわじわと侵食するように背中から伝わる体温。あったかい。けれどそれで いて、月明りにに照らされた彼の刃がぎらりとつめたく光った。
(ああ、彼はやっぱり、)
この目で真実を見極めたいと、そして事実があればそれはかつ て傍にあった自分でなければと、あんなに強く思っていたはずなのに。ひとたび イノセンスを発動させるようなことになれば冷徹になる、ならねば、と覚悟を決 めてきた筈だったのに。
発動を念じようとすれば、途端かたかたと両足が震えだす。

「あれ。逃げないんですか?…逃げないのなら、―――」

月光を帯びた鈎爪の切っ先がぴたりと喉に突き付けられた。
それだけで言葉の続きは言わずとも解った。彼は本気で対峙している。だけど自分は。

―――震える身体を包み込むように、抱き締められる腕に力が篭った。

我ながら愚鈍でひどく脆弱だ。結局己の覚悟とやらはその程度で。緩められることの無い 懐かしい温もりが匂いが躯を巡り支配していくのを、自分自身黙ってみているほか なかった。心の奥深くに押し込めていたはずの甘い感情がはっきりと甦る。 未だこんなにも昇華出来ていなかったなんて知らない。溺れるほどに溢れ出す。

「…大丈夫。君には、苦しい思いをさせないと誓います」

死を恐れていると思ったのだろうか。再び耳元で囁く声はさっきよりも優しく、心がざわめくのを感じた。だけど自分が恐れているのは死ではない、死ではなくて。

突き付けられた矛先が僅かに食い込み、ちくりとした痛みと共に生暖かい液体が 一筋喉元を伝うのを感じた。やはり彼は本気だ。それならば自分に残された選択肢はひとつしかない。

「そう。それは良かったわ」

思ったよりも乾いた声が出た。

……戦えるものか。刃を交えるくらいならこのまま。
(ごめんね兄さん、みんな)
エクソシストであるよりもひとりの女であることを選ぶのに恐れは無い。 愚鈍で脆弱で愚かで、今まで背負ってきたすべてを裏切るような真似かもしれない。 でも構わない。
今、身を翻しこの手で彼の息の根を止めてしまおうとすることが何より恐ろしいのだった。
だって彼を失っ た世界で果たして自分は立っていられるのだろうか。この手にかけたという事実 と相反する溢れる想いを背負ってちゃんと立っていられるのだろうか。考えるだけで、再び身体が震えだす。その身もよじれるほどの恐怖に 比べれば死など、甘んじて受け入れられる道だと思った。

「最後にひとつだけ、貴方に言っておくことがあるわ」
「…なんですか?」




「             」

自惚れかもしれない。けれど背後で彼が懐かしそうにわらった、ような気がして、やはり変わらず込み上げる愛を告げたくなる。

「ね、きっと、きっとよ」
「ええ」
「だって私は、」
「それ以上は、―――もう言わないでください」

そっと唇を手のひらで覆われた。何処か懇願するような声だった、その理由を考えるだけの時間はもう無いのだと思う。同時に掲げられた彼の左手に、固く目を閉じた。






刃が振り下ろされ風を切る音がしてそして、








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他サイト様のように設定練ってるわけでもなく雰囲気だけで申し訳ないんですが。 好きな人に殺される女性という個人的好みなシチュ(ワオ悪趣味)だけが先走ったのでキャラが崩壊して安っぽくなりました うーん…。 ちなみに「ロマンティック・ロマンティカ」にうっすら、ものすごーくうっすらですがシンクロさせたつもりなので、最後のリナリーの空白の台詞はそちらから想像していただけると幸いです
お粗末様でした。

(20070317)





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