澄みきっていたはずの空を真っ暗な闇が覆う頃。傷だらけになっている棗が身体を重そうに引き摺りながら歩いているのを偶然窓から見た。こんな時間に一体何処に行っていたのかとか、何であんなに沢山の傷を作っているんだとか、そんな事を考えるよりも前に、 居ても立ってもいられず思わず寮から飛び出した。
The moon shines
on the dark
駆け寄ろうとしている自分に気付いた彼は、そちらに近づくことを頑なに拒むかのように、いつもよりも酷く冷たい目をしていた。初めて出会った頃のような鋭い視線。それでも、今の自分は知っている。彼のこの上なく解りにくい―――優しさを。だからそれに怯むこともなく、迷う事も無く、彼の傍へと急いだ。
「棗!!あんたそんな傷だらけでどうしたん!?」
「なんでもねえよ」
「なんでも無い訳ないやんかっ」
「うるせえ、さっさとどっか行け」
ずるり、とその場に座り込んでしまった棗の、至る所に作った切り傷や擦り傷には血が滲んでいて,あまりに痛々しい。どうして、こんな―――
結局自分が知っている棗は彼のほんの一面で。今更ながらそのことがどうしようもなく悲しくなった。 頭の中でいくら憶測が飛び交おうが結局その答えに行き着くことは出来ない。 もっとも、その答えに行き着いたところで自分には何も出来ないことも分かっている。
でも、それでも。
「とりあえずその傷・・・鳴海先生か誰かんとこ行って診てもらお?」
「だから・・・どっか行けってお前」
俺に構うな、棗はそう言うと差し出した手をパシッという音と共に振り払った。 けれどその力は弱々しくて彼の体力がもう極限にまで来ていることをはっきりと現していた。
棗はひとに頼ることを知らないのかもしれない。だから苦しくても辛くても痛くても全てをひとりで抱え込んでいるのだろうか。自分には蛍や先輩たち、支えてくれる沢山のひとがいるけど、棗にはもしかしたら、そんなひと達がいないのかもしれない。ぼんやりとそんなことを考える自分もいる反面、思わず棗の襟元を掴んで声を上げる自分がいた。
「あんなあ・・・構うなって言われてもこんな状態のあんたを放っておけるわけないやろ!」
まがいなりにも彼は自分のパートナーだし。傷ついている人を目の前にして見て見ぬ振りなんて良心が許さないし。それらしい理由なんていくらでも作れるけれど、 どれも自分の本心には当てはまらない。沸々と湧き上がってくる感情は怒りでもなく悲しみでもなく表現しがたいものだ。
ふう、とひとつ大きく深呼吸をして、それから落ち着いた口調で棗に問いかけた。
「とりあえずあんたの部屋まで連れてったるから。もうまともに歩けそうにも無いやろ?」
肩を貸そうとすると観念したのかようやく棗も素直に応じた。
棗の周りを取り巻く環境が一体どんなものかは想像もつかない。彼の属する危険能力系がどんなところなのかも、人殺しと罵られていたことが事実なのかも知らない。棗のことは、知っていることよりも知らないことのほうが断然多くて。それでも、少なくとも自分自身はこの学園に来て棗と関わってきて、彼の優しさとか強さとか弱さとか、段々と分かってきたつもりだ。
「こんなあんたの姿見たらみんな心配すんで」
「・・・するかよ、心配なんて」
「するに決まってるよ、ルカぴょんとか鳴海先生とかパーマとか心読み君とかみんな」
「で?お前は心配してくれねーのかよ」
「ウ、ウチは別に?まままあ心配してたってもええけど!」
「あーハイハイ五月蝿いから黙れ」
「なんやて!?」
「お前・・・今日のことは絶対誰にも言うなよ」
「・・・わかった」
「それから・・・ありがとう」
何も見えないような真っ暗闇の中、照らすのは月明かりだけで。ゆっくりと、でも確実に一歩一歩隣にいる彼を支えながら歩く。棗が自分なんかに寄り掛かって歩いているのはなんだか滑稽だけど。 この真っ暗闇のように先の見えない暗闇にもがく彼を、今みたいに隣で支えてあげたい、照らしてあげたい、多分それだけだ。
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シリアスはとことん向いてないorz
2005,August 12
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