M.I.N.D　　　　

「…夜中に押しかけてきて何かと思えば、風呂貸せとはな」 深い眠りについていたところを、叩き割れそうな窓ガラスの音でもって美咲により強制的に起こされたらしい翼が、がりがりと頭を掻きながら言った。 「だってお湯が出なくなったって夏ならまだしも、冬場に水風呂なんて御免だったんだよ」 「それなら隣の部屋の女子にでも借りりゃ良かったのに」 「だって悪いじゃん？こんな夜中に起こしちゃ」 「ちょっと待て、夜中に俺を叩き起こしたのは誰だよ」 「翼なら別にいっかなーって思ったわけじゃん」 「ああ、そう…いやでも起こすならせめてもうちょいソフトに起こしてくれっつの」 「ソフト？どんな起こし方だよ」 「なんつーかこう…例えば眠れる森の美女、的な感じ？」 「は？」 「眠り姫に扮した俺は、王子様の口付けによって目覚めます。どう？」 「は？なーにが、”どう？”だよ。つかお前が姫なら起こすあたしが王子かよ」 「不満？お前が姫ならいーのかよ？」 「・・・殴るよ？」 「冗談！冗談ですって！」 わざとらしく掲げられた拳をかわすようにして廊下へ出た。その後ろをついて、美咲がひたひたと歩く。冷えたフローリングに触れるたび爪先が凍えるほどつめたく、揃って思わず身震いする。 脱衣所の電燈をつけるとさっきまで薄暗かった視界が突然明るくなり、翼は眩しさに思わず眉根を寄せた。変な顔、と隣から笑う声。 人間の生理的反応として当然なんだから仕方ないだろ、と言いつつ美咲を見るとこちらは全く平然とした様子だった。 何でだよまさかコイツには明暗順応とかそういうものがないのだろうか。心の中で呟く。 「そんじゃ使わせてもらうよ。悪いね、翼」 「ん、気にすんな」 「サンキュ。まあいつかこの借りは返すよ」 「ホントかよ」 「ホントホント。―――あ、そうだ忘れてた。勿論解ってるだろうけど、覗いたらしばきまわす！からね」 びしっと人差し指を突きつけられると、がらがらと引き戸が閉まった。 （ったく…おっかねえ奴） その上気は強いし、ズバズバした物言いだし、暴力女だし、恋愛事には全くもって無頓着だし。 （我ながらつくづく面倒な奴を好きになったもんだよ） なんせ夜中に男の部屋に来た挙句、風呂を貸せなどと平然と言ってのけるのような相手なのだ。常識的に考えて、無用心この上ないことだってくらい解ってくれよと言いたい（とても言えなかったけど）。良く言えば信頼されている、が、悪く言えば、唯一無二の悪友であってアウトオブ眼中。 大体、そもそもの距離が近すぎるというのはかえって厄介なのだ。冗談に乗せた思いは幾らだって言えても（足蹴にされるだけだけど）、もしかすれば居心地の良いこの関係を壊してしまうかと思うと安易には動けない。一度崩れ去った関係を元通りに戻すことほど難しいことは恐らくない。当然、そんな保守的思考が情けなくもあるけど。 四方へと思いを巡らせたところで、大きな欠伸をひとつ噛み殺した。 （っつてもまあ、んなこと今考えたってどうしようもないしな） 思考放棄。つまりは逃げ。近づいてきた睡魔に打ち勝てるわけがなかったのだが、それは単なる言い訳に過ぎないのか否か。 のろのろとベッドに潜り込んで頭まで布団を被ると目を瞑った。人間なるもの、物思いに耽っていれば、意識は完全にそちらに傾くものだ。さっきの自分のように。だけどこうして暗闇に身を任せた今になってようやく、突然はっきりと鼓膜に伝わってくる、シャワーの流れる音、そして浴室で響くちいさな鼻唄。意識はそちらへと吸い込まれるように向かっていく。 ―――なんていうか一気に眠気が飛んだというか。どうしよう。 あくまで自分の名誉の為に言っておくと、覗きだなんて低俗なことに興味は毛頭無い。ていうか今時覗きって。無い無い。無いんだ、けど。良く考えたら真夜中に直ぐ傍の浴室で自分の好きな奴がシャワー浴びてるって。いや待て別に意識することでもなんでもない状況かもしれないけどそうは言っても。 つまりいらぬ方向に飛んでいく想像に、こっちの理性だって鋼で構成されてるわけでは決してないわけで。 （…頼むからせめてその鼻唄をやめてくれ眠れねえ！） ******************************** リクエストは翼美咲、お風呂ネタということで。私の技量ではこの辺が限界でした…もっとアレでアレな感じに書きたかったんですけどね！（どんな）視点が途中で変わってるので解りにくかったらすみません。 それにしても翼が居た堪れないことになってるんですけど、でも中学生ってこんなもんよねと思ったり思わなかったり。どうなんだろう。でもこれだけだとオチが弱いので、そのうち続きを書くかもしれません。 ところでアリス学園てあれですか、お風呂はみんなで仲良く大浴場なんですかね？そのへん全く解らないので、今回は個々の部屋にバスルームがある設定で書いてしまいました。そんなわけで宇久さま！遅くなってしまって申し訳ありません！こんなものでよろしければどうぞ！ （20070221）