MER






「あたしさ、海って行ったことないんだよね」



部屋の真ん中に置かれた小さなテーブルに頬杖をついて、美咲はぽつりと言った。

海?

翼はしばしきょとんとした様子で美咲の方を見やっていた。 突拍子のなかった台詞に、おまけに小さく聞き取りにくい声量のお陰で、彼が返事を返すのにはやや時間を要したのだった。



「いきなり何だよ?」



ベッドに寝転がっていた翼がが大儀そうに起き上がる。
これだよ、と美咲の細い指が差したのは、いつの間にか彼女が電源を入れていたテレビの液晶画面だった。 ブラウン管の向こうでは、派手な水着姿の若い女性レポーターが今夏人気のビーチをリポートしているよう。 テレビカメラに群がる騒がしい人だかりの中、マイクを通じたその甲高い声は少し鼻につく。



「ふーん、海ねえ」



それがどうしたんだよ、と翼は大きな欠伸をしながら素っ気なく言った。



「だーから、行ったことないなあって。・・・なあ、翼は行ったことあんの?」
「さあ、どうだろなあ」
「なんだよそれ」
「いや、だって、三歳の時に此処に来てから一歩も外に出てないんだからそれよりも前の話になるだろ?」



学園に入ってからは完全に隔離されて、敷地の外を出ることなど決して許されてはいないのだから。覚えているわけがない。
此処へ来る前の、断片的な記憶のパーツは頭の中のところどころに散りばめられていても、 それはあくまでも小さな小さなパーツだ。 その全てが揃わなければ大きなひとつの記憶に辿り着くことはないのに、足りないパーツばかり。
大体、両親の顔だってそう直ぐには浮かんでこないくらいなのに。 思えば、自分の記憶のうち九十九パーセントぐらいは学園で過ごしたことなのだ。



「あー、そういやそうだよな」



うんうん、と美咲は納得したように頷きながら言った。それからテレビの電源を切ってリモコンを乱雑に置くと、ねえ翼、と彼女はその顔を覗き込んだ。



「なんだよ?」
「物凄い先の話だけど卒業したら海!行こ」















「・・・えっ何!お前がそんなの誘ってくるとか明日は雪でも降るんじゃねえのこんな暑い夏なのに!」
「それどういうこと?」
「どうするよ、お前のせいで異常気象が起きるかもしれねえ」
「・・・ちょっと?翼?」
「やっべ、セーター確かタンスの中じゃん」
「つ・ば・さ?冗談も程々にしないと殴るよ?」
「・・・ちょ、タンマタンマ!ごめんって!行く!行こう!ご一緒させて頂きます!」
「最初から素直にそう言ってくれる?だってあの番組見てたら行きたくなったんだよ」
「いやいや、でも待って、冷静に考えるとまず卒業出来るかどうかが重大な問題かも」
「あー問題児の翼はねー」
「いやいや、美咲だって大して変わんねーじゃん」
「は?冗談止してよ、翼と一緒にしないでくれる?」



一度始まれば長く止まらないこの掛け合いは、常のことだ。
最後の最後になって小指を絡めてみたことだけは、唯一柄にも無かったけれど。
お互い知らないあいだに大きさや細さが少し変わってしまった指先を絡めながら(ちょっと前までは同じくらいだったのに)(きっと卒業する頃にはもっといろんな違いが、)、そういえば小さな頃、明日も遊ぼうね、なんて言ってよくこんな風に約束したよねと思い出して二人で笑った。










●おまけ的なもの●

「というか海ってことは水着姿とかそんなオプションもついてくるわけですか」
「・・・アンタちょっと・・・最近殿に似てきた?」
「・・・真剣な顔でそんなこと言われたらなんか妙にヘコむんですけど」






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テスト期間中にかいたからかノリが気持ち悪いですね。
一応水ネタとのご希望を頂いたのでチャレンジをしたんですが。あの・・・なんかもうふたりのキャラが解らなくなってきた!頼むから本誌で翼と美咲を絡ませてくれないかな切実に!
・・・それにしても無理矢理水を組み込んだみたいになってまとまりがないですね。水をメインにするはずだったのに。・・・すみませんーっ

2006,July 9




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