Concealed
repulsion
mind***






あー・・・ねっむいなあ。



美咲は欠伸をひとつ噛み殺すと、ぼんやり黒板を眺めながらそう心の中で呟いた。

午後の最初の授業っていうのは大抵眠たくなるものなのだ。
1日で一番暖かい時刻を迎えてまどろんでしまうからなのか、 昼食を終えて、何だか満たされた気持ちになっているからなのか、よく解らないけれど。
それでもまあ、頬を力いっぱい抓ってでもいればなんとか、小一時間の授業も目を覚ましていられる。 が、この数学の授業ではいつも、頬を抓ったところでどうにも堪えかねる眠気に襲われるのだ。
黒板に連ねられている文字式たちは、アリス学園の数学教諭―――神野の声に乗せられると、 それはまるで何かの呪文のように、眠りを上手いこと誘う。 おまけに、今日は不運なことに数学が2時間続けざまにあって、この時間を耐えたところで、 また同じように1時間堪えなければならないのだ。
こんなもの、この学園で生活する生徒達には何ら必要ないものだろうに。

とは言っても、このまま流されて眠ってしまっては、手痛い罰則を喰らう事はわかっている。 特に神野は陰険・・・とまでは行かないにしろ、”悪い芽は早めに摘んでおくに越した事は無い”と、 気に入らない生徒やよく問題を起こす生徒には特に厳しい罰則を与える。
そして自分が決して気に入られている生徒ではないことを、美咲自身よくわかっていた。

(やっぱりちゃんと起きとかないと、後で神野から痛い目見るかもしんない)
(いやでも、どうせ聞いててもさっぱり分かんないし、自分の欲望には忠実に従うべきかも)

ひとり心の中で天使と悪魔を戦わせていると、突然隣から「へへっ」と小さな笑いが聞こえた。 反射的にちらりと横を見る。視界に入ったのは、椅子の背にもたれかかって眠りこけている翼の姿。

(・・・今のコイツ寝言か何か?)

それは隣にいる美咲にしか聞こえないくらいの声だったお陰で、神野の喋り声に掻き消された。 というか、ご丁寧にも翼は帽子を目深に被っているし、加えて席も後ろの方だし、彼がすっかり夢の世界へ旅立っている事など、余程のことがない限り、神野には分からないだろう。
一見、ただの体たらくで不謹慎なだけのこの行動だって無意味なものではない―――彼にとって、ささやかな抵抗のひとつなのだ。 籠から逃げられない小鳥の、ささやかな。
彼だって、教師から決して気に入られているわけではない。 下手したら、自分なんかよりずっと目をつけられている存在だ。あの時、以来。 左の目尻にある罰則印がそれを物語っている。
それでも、いつだって彼は。



「ふへっ」



隣からまた、先程と同じような間抜けな笑いが聞こえて、美咲ははっと我に返った。

(ホンット、寝ながら笑ってるなんて・・・随分幸せな夢をご覧になっているようで)

運よく見つかる様子もなく居眠りしている彼がどうにも恨めしくなって、その膝に思いきり蹴りを入れる。 それは勿論、神野が黒板に文字を走らせていて、生徒達に背を向けている間に、だ。

翼が起きたら文句を言いそうだから、「神野に見つかりそうだった」というでも言うことにしておこう。 無論、それも事実なのだけど。これでも自分なりに彼のことを案じているのだから。



「い゛っ・・・!!」



向こう脛にクリティカルヒットした美咲の蹴りがあまりに痛かったのか、翼は奇声を上げた。
近くの席のクラスメイトたちが、何事かとこちらへ振り返る。
その大半は、「何やってんの安藤」とか「アホだなー」と小声で囁き、小馬鹿にしたようににやにや笑っている。 美咲も同じようにくすくす笑いながら、「ばーか」と声を出さずに口を動かすと、翼はキッと睨みを効かせた。
しかし自分に集まっている視線に気付くと、何が起こっているのか理解出来たのか、苦虫を噛み潰したような表情を浮かべた。



「・・・どうした、安藤」



背後の妙な雰囲気を感じ取ったのか、神野はチョークを動かす手を止め、正面を向いた。
つられるように、クラス中が翼の方へ振り返る。



「なな何でもないっすー、消しゴム床に落としちゃいましてうっかり」



両手をブンブン振りながら、慌てて弁解する翼に神野は怪訝そうに眉をひそめたが、 「周りに怪しまれるような行動は慎むように」といつもの冷めた目で言うと、また黒板に文字を連ね始めた。どうやらお咎めはないようだ。
それからしばらくして、職員室に用が出来たらしい神野が教室を出ると、堰を切ったようにそこらじゅうでざわざわと話し声が聞こえ始めた。
そのざわつきに紛れて美咲の耳に届いたのは、翼の舌打ちだった。



「・・・美咲ちゃーん」



なんてことしてくれたんだ、と言わんばかりの目つきで、翼は声を低くして言った。
それでも、本気で怒っている訳では無いことぐらい、美咲にはすぐ分かったけれど。



「何だよその目はー。あたしはむしろ起こしてやったことに感謝して欲しいんだけど」

「アホか!起こすんならもっと別の方法あるっつーの。なんでまたお前の必殺蹴り喰らって目覚めなきゃなんねえんだよ」

「いいじゃん、寝てたのバレて神野に罰則喰らわされるよりマシだろ」

「俺にしてみたらどっちもどっちなんだけどねー・・・つーかまだ授業終わんねーの?長い」

「何言ってんだよ、お前は爆睡してただろーが」

「まっそーなんですけどー。だりぃなー」



欠伸をしながら、面倒そうに翼は時計を見上げると「おっ、もう後5分で終わるんじゃん」と歓喜の声を上げた。 彼は嬉々としているけれど、残念ながらそれもぬか喜びだ。 今日の数学は、第2ラウンドが待っているのだから。彼はどうせそんなこと知りやしないだろうけれど。



「翼に辛い宣告ですー。実は今日数学2時間あるんだよ、次の授業も数学なの」

「・・・まじですか」



翼は一瞬だけ、考えこむように黙り込んだ。
が、直ぐににこりと意味深な笑みを浮かべながらその口を開いた。
ああきっと、彼はまた抵抗するつもりだ。小さな抵抗を。あたしには分かるんだから。
・・・仕方ない、今回も乗ってやるか。美咲は小さく笑った。



「美咲ー」

「なんですか翼さん」

「何かもう次の授業面倒臭くない?」

「そだなー、どうせ話聞いててもわかんないしめんどい」

「だよなー。それに今日すごい良い天気だと思いませんか美咲さん」

「思うねー、屋上とか行ったら気持ちいいだろうなー」

「・・・やっぱり意見一致したなー。そんじゃま、次の数学は―――」



「「サボリますか」」



まるで図ったかのように、当然の如くふたりの声が重なった。






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数学すきなひとすみません。なんていうか私の深層心理が多大に影響している気がします。 しっかし授業中密かに会話するふたりを書こうとしたのに何でこうなるの。 小声で喋ってたとしても、神野先生なら気付きそうですけどね。

2006,January 6




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